【医療・リハビリ職向け】「痛み」を深く知ろう!痛みの機序と抑制について

腹痛 イラスト

こんにちは。せるとれです!

今回は痛みについて、さらに詳しく知りたい中級者向けの内容となっています。

急性疼痛や痛みについて大きな分類で知りたい方はこちらをどうぞ。

「痛み」――私たちは日常生活の中で、この感覚を避けて通ることはできません。転んだ時、怪我をした時、お腹が痛い時。痛みのほとんどは、身体のどこかに異常があることを知らせてくれる、命を守るためのアラームです。

しかし、そのアラームがどのように鳴り響き、そして脳でどのように「痛み」として認識されるのか、深く考えたことはありますか?

この記事では、痛みを伝える神経のスピードから、組織損傷で生まれる化学物質、さらには慢性的な痛みの複雑な機序まで、その生理学的なメカニズムを徹底的に掘り下げます。

1. 【基礎編】皮膚で感じる表在痛:神経線維のスピードレース

皮膚の痛み(表在痛)は、侵害受容器と呼ばれる特殊な感覚終末が、熱、機械的刺激、化学的刺激などの侵害刺激を受け取るところから始まります。

この信号を脊髄、そして脳へ伝える一次求心性線維には、大きく分けて二種類あり、これが「一次痛」と「二次痛」という2種類の痛みを生み出します。

線維の種類Aδ(A-delta)線維C線維
構造有髄(髄鞘を持つ)無髄(髄鞘を持たない)
伝導速度速い(5~30m/秒)遅い(0.5~2m/秒)
痛みの性質鋭い、ちくりとした(一次痛)鈍い、うずくような(二次痛)
局在性明瞭(部位が特定しやすい)不明瞭(じんわり広がる)
受容器主に高閾値機械受容器ポリモーダル受容器(多様な刺激に反応)

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🚨 一次痛と二次痛の違い

例えば、熱いものに触れた瞬間、「アツッ!」と感じて手を引っ込めるのがAδ線維による一次痛(警告)。その後、じんわりと広がり、しばらく続く鈍い痛みC線維による二次痛(持続的な不快感)です。この時間差は、線維の伝導速度の違いによって生じます。

💡つまり、実際に痛みを感じることと、感情的な痛みの感じ方には時間差があるということです。このことからも、痛みに対する感情よりも先に、まずは痛みの原因から逃げることができるようになっていますね。


2. 【経路編】脳で「痛み」はどう認識されるか

末梢神経から脊髄後角(二次ニューロン)に伝わった痛みの信号は、脊髄視床路を通って脳へと上行します。しかし、一次痛と二次痛では、脳のどこに情報が届くかが異なります。

🧠 痛みの「分析」と「情動」を分ける経路

  1. 一次痛(Aδ線維の経路)
    • 主に外側脊髄視床路を通る。
    • 視床を経由し、最終的に大脳皮質の体性感覚野(SⅠ/SⅡ)へ到達。
    • →ここでは痛みの部位、強度、性質といった識別・分析的側面が認識されます。
  2. 二次痛(C線維の経路)
    • 主に前脊髄視床路脊髄網様体路を通る。
    • 視床髄板内核などを経由し、大脳辺縁系(島皮質、前部帯状回など)へ広く投射。
    • →この経路は、痛みによる不快感、情動、不安といった感情的・情動的側面に関わります。慢性痛が心の状態と密接に関わるのは、この情動経路の関与が大きいためです。
一次痛と二次痛の神経路の比較
特徴一次痛 (Fast Pain, First Pain)二次痛 (Slow Pain, Second Pain)
感覚の種類鋭い痛み、刺すような痛み、局在がはっきりしている鈍い痛み、うずくような痛み、焼けるような痛み、広範囲に感じる
発生時間刺激後すぐに感じる一次痛の後に遅れて感じる、持続性がある
関わる受容器高閾値機械受容器、機械熱侵害受容器 (Mechano-thermal nociceptors)ポリモーダル侵害受容器 (Polymodal nociceptors)
求心性神経線維Aδ線維 (有髄、比較的速い伝導速度)C線維 (無髄、遅い伝導速度)
脊髄への入力脊髄後角のI層 (Marginal zone) と V層 (Nucleus proprius)に終止脊髄後角のII層 (Substantia gelatinosa) に終止
脊髄から脳へ新脊髄視床路 (Neospinothalamic tract) を上行旧脊髄視床路 (Paleospinothalamic tract) を上行
大脳皮質への投射主に体性感覚野 (一次、二次) に直接投射扁桃体、視床下部、脳幹網様体、帯状回、島皮質など広範囲に投射(情動・自律神経系への関与が大きい)
機能的役割危険を素早く察知し、回避行動をとる損傷の存在を認識し、長期的な保護・回復行動を促す

3. 【化学編】深部痛の発生源:ブラジキニンという警告物質

筋、腱、関節、骨膜などの深部組織に生じる「鈍く、うずくような」深部痛は、主にC線維によって伝達されます。この痛みの引き金となるのが、組織の損傷によって放出される発痛物質です。

🩸 ブラジキニンの強力な作用

深部組織が損傷したり、筋肉の緊張による血流低下(虚血)が起こったりすると、細胞が破壊され、血液中の血漿などからさまざまな化学物質が遊離します。その中で、痛みを引き起こす最も強力な物質の一つがブラジキニンです。

  1. 直接刺激作用: ブラジキニンは、侵害受容器(ポリモーダル受容器)に存在するブラジキニン受容体に結合し、イオンチャンネルを開かせ、直接神経を興奮させます(活動電位の発生)。
  2. 感作作用(過敏化): また、プロスタグランジン(炎症物質)といった別の物質が、ブラジキニンの発痛作用を増強させたり、侵害受容器の閾値を低下させたり(神経を過敏にする)することで、痛みを増幅させる役割を果たします。

ブラジキニンが血管を拡張させ、血流を良くしようとする作用を持つ一方で、神経終末を刺激し強い痛みを生むという、二面性を持っていることが深部痛の特徴です。


4. 【特殊編1】内臓痛と「関連痛」のトリック

💔 内臓痛の特徴と機序

内臓の痛みは、皮膚の痛みとは異なり、局在性が非常に乏しく鈍い、周期的な、放散する痛みとなることが多いです。これは、内臓の侵害受容線維の数が少なく、その大部分がC線維(鈍い痛み)であることによります。

内臓の痛みは、主に管腔臓器(腸など)の急激な伸展や攣縮臓器を包む被膜の牽引、または虚血などによって発生し、**交感神経の求心性線維(多くはC線維)**を通って脊髄へ伝達されます。

⚡️ 関連痛(Referred Pain)の機序

内臓痛が強くなると、内臓の異常部位とはかけ離れた皮膚の領域に痛みを感じることがあります。これが関連痛です。(例:心筋梗塞で左肩や左腕が痛む)

そのメカニズムは、情報の交通整理ミスにあります。

  1. 共通の玄関口: 内臓を支配する感覚神経と、関連する皮膚領域を支配する感覚神経は、同じ脊髄後角のニューロンに入り、共通の脊髄視床路に接続します。
  2. 脳の誤認: 普段、内臓からの信号は皮膚からの信号より少ないため、大脳皮質の体性感覚野は、共通の経路を通ってきた強い信号を、「より頻繁に信号を送ってくる皮膚」からの刺激だと誤認してしまいます。
  3. 痛みとして認識: その結果、内臓の痛みが、体表の特定の皮膚分節(デルマトーム)の痛みとして感じられるのです。

5. 【特殊編2】慢性痛の謎:神経障害性疼痛とアロディニア

最も難治性で複雑な痛みが神経障害性疼痛です。これは、末梢神経や中枢神経そのものが損傷したり機能不全に陥ったりすることで生じる痛みです。(例:帯状疱疹後神経痛、糖尿病性神経障害)

💥 ニューロンの過敏化(中枢性感作)

神経障害性疼痛では、単に末梢の損傷部位で痛みを感じるだけでなく、脊髄や脳といった中枢神経系のニューロンが変化し、過敏な状態(中枢性感作、閾値の低下)になります。

  • 損傷した神経が異常な発火を続ける
  • 脊髄後角の二次ニューロンが繰り返し刺激を受け、活性化の閾値が低下し、少しの刺激でも興奮するようになる
  • これにより、障害部位より上位の神経系全体で過敏性が出現し、痛みが持続・悪化します。

👗 異痛症(アロディニア)の正体

中枢性感作の極端な例がアロディニア(異痛症)です。これは、通常は痛みを感じないはずの刺激(例:衣服が肌に触れる、軽いタッチ)が、激しい痛みとして感じられる現象です。

これは、脊髄レベルで本来、触覚を伝えていた非侵害性のAβ線維の回路が、侵害情報を伝える疼痛回路(C線維やAδ線維の終末)に「誤接続」(クロストーク)してしまうことによって起こると考えられています。

軽い触覚情報(Aβ線維)が、誤って痛覚のニューロンを興奮させてしまうため、脳はそれを「痛み」として認識してしまいます。


まとめ:痛みのメカニズムを知ることの意義

痛みの生理学を深く知ることは、単なる知識としてだけでなく、「今感じている痛み」が単なる気のせいではなく、身体の精巧なシステムが複雑に働いている証拠だと理解することに繋がります。

急性痛は警告として役立ちますが、慢性痛、特に神経障害性疼痛は、この警告システムが誤作動し、それ自体が病気となってしまった状態です。

このメカニズムを理解することが、適切な治療法(薬物療法、リハビリテーション、認知行動療法など)を見つけ、痛みと上手に付き合っていくための第一歩となるはずです。神経障害性の不思議な痛み


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